「人前で話すこと」


誰にでも、忘れられない瞬間が、きっとある。
忘れたくない瞬間が、きっとある。

原点とも呼べるかもしれないその体験は、思い出すたびに、勇気をくれる。

一方で、歩み始めた道の厳しさも同時に感じてしまう存在なのかもしれない。

夏の季節には、少し昔のことを考えてしまう。


「決意。」

黒ちゃんは、イマココの感情を、そう表した。

「中学の頃からずっと変わらない、人前で話す仕事がしたい。」

「このタイミングで、ここを逃したら自分じゃなくなると思ったんです。決意…というか、決断に近いのかもしれない。ここだけは絶対ぶらさないでおこうと決めました」

これは、黒ちゃんの決意の物語ー


話の始まりは、中学3年生に遡る。

当時、黒ちゃんは、バスケ部の部長をしていた。

様々なスタイルの部長像がある中で、黒ちゃんのそれは、一人一人の個性を見ていくものだった。

「中学生の頃、ノートに一人ひとりのことをメモしていたんです。部員20・30人いたら全員分、特性・プレーだけではなくて、性格的なところとかも含めて」

一人一人を見て、向き合って、伝えていくことは、昔から変わらない、黒ちゃんの大切にしている信念のようなものなのかもしれない。


先生の涙。「人前で話すこと」を志す

中学3年の時の出来事を、黒ちゃんは、きっと一生忘れない。

それは、中学生活最後の大会に向けた壮行会。
各部活の部長が、最後の大会に向けての意気込みを語る機会があった。

黒ちゃんはバスケ部の部長として、意気込みを話すことになる。

「3年間やってきたこと、こういう風に頑張っていきたい、その想いを、全校生徒の前で語りました。」

すると、黒ちゃんの、想いを聞いて、ある先生が感動して涙を流したといいます。

「大会自体は、残念ながら、一回戦負けだったのですが笑、自分の言葉で誰かが感動して涙を流してくれた! その時の感覚が、今でも忘れられないんです。」

そして、黒ちゃんに、ある想いが芽生えます。

「”人前で話す仕事”に強烈に魅力を感じたんです。同時に、その時、最も身近な”人前で話す仕事”だった先生を志し始めました。」

黒ちゃんの進みたい道が、決まった瞬間だった。


現実を知り、「先生」とは違う道に

中学の壮行会で抱いた想いを経て、教員を目指し始める黒ちゃん。教員への想いを胸に大学に進学する。

しかし、入学して間もなく、教員とは別の道を目指すことに。

「旧友と同窓会で再会して、話したことが直接的なきっかけなんですけれど、年収の低さや、”人前で話す仕事”は先生じゃなくてもできると思ったんです。」

一方で、”人前で話す仕事”の夢を叶えるために、大学では、何かと理由をつけて、プレゼンを繰り返していたという。

「週1~2回はプレゼンをしていました。一回したら終わり、ではなく、ゼミでプレゼンした内容を色々な場所で応用して、またプレゼンしたり…とにかくなぜか分からないけれどやりたかったんです。」

黒ちゃんがプレゼンを好きな理由、それは、プレゼンをしている自身が好きだから、なのかもしれない。

「プレゼンが一番褒められる気がするんです。バイトも10個ぐらいやってたけれど、プレゼンが一番褒められたから。褒められると気持ちいいですし。そうしている時の自分が好きだったのかもしれないですね」

一方で、話すこと以外にも色々と活動をした。

「もしかしたら話すこと以外に、何か惹かれるものがあるのかもしれない…と思って。あえて、苦手そうなものを中心に、色々挑戦しました」

結婚式場やライブ会場のスタッフ、レストランの料理人や店員、子育て記事のライター、電話営業、ベンチャー企業の人事、学生団体でのイベント運営などをしたものの、人前で話すことほど強く惹かれるものは無かったという。

そのようなことを重ねる中で、、”人前で話すこと”への想いは益々高まっていく。

そして、黒ちゃんは、就職活動の時期を迎える。


悩む中で見つけた道

「本当は、”人前で話す仕事”がしたかったのですが、新卒の就活でその募集は当然無かったです。また、その想いを伝えたところで、内定は取りづらいなと思って」

“人前で話す仕事がしたい”、その気持ちを押し殺しながら就活を行った黒ちゃん。内定自体はもらえたものの、最終的な決定に悩むことになる。

「結果的に、8社内定を頂けて、その内の1社に決めたのですが、その会社で内定者インターンをしている内に、自分が本音で話さずに頂けた内定だって事に気づいて….」

悩む中で、その会社の内定を断り、再度就職活動をして、最終的に決めたのが、転職・キャリア支援を行う会社。

「まず誰かが話を聞きたいと思ってもらえる人になれる仕事にしたいと考えたんです。そして、お金が問題で先生を諦めたので、実績を出して若くしてお金を稼げる仕事という観点でも考えました。」

決めたのは、転職・キャリア支援を行う仕事。その分野で、日本最大級のサービスをしている会社だ。加えて、成果主義で、実績を出せば、相応する報酬も得ることができる。

まさしく、黒ちゃんの考えた条件に合致する環境だった。

新卒一年目の時の集合写真


ぽろっと涙があふれ出す

確固たる想いを抱えて入社をした黒ちゃん、やる気と自信に溢れていた。

「入社当社は、やってやるぞ!精神でした。今考えると、少し生意気な感じだったかもしれません」

そんな黒ちゃんに、困難が訪れる。

「毎日クレームの嵐でした。新卒一年目、同期で一番の実績は?と聞かれたら間違いなくクレームの数と答えられます。」

常に2、3件のトラブルを抱えている状況。転職を支援したお客様からは、「詐欺師」と呼ばれた事もあった。

「嘘は付いてないけど、勢いで転職の決断を迫ってしまった事がありました。結果、その方は入社後数ヶ月で、私が紹介した会社を退職されてしまいました。」

そのような日々が続いた一年目、パソコンを見てたら、何も無いのにふと涙が出できたという。

「ほろっと涙が出てきた時、『あ、俺やばいんだな』と思いました」

軽い鬱状態に近かったと当時を振り返って話す。


仕事の本質は、自分が脇役になること

黒ちゃんは、大きな後悔、悩みを抱え、考え始める。

スマホのメモに一人で考えたことを書き出しながら、どうすれば良いのか、を自問自答する。

その時に出てきたのが、仕事の本質は「人を主役にする」ということ。

「人を主役にする、というのは、自分が脇役になることです。当時の私は、自分が実績を出して自分が主役になる事ばかり考えていたなと思いました。」

部門のハイパフォーマーを労う達成会


「そんな考えでやっていたから、お客様から多くのクレームを頂いてしまった。お客様とお客様の家族の人生に関わる支援をする仕事と心の底から分かっていなかった。」

しかし、黒ちゃんは気がつく。

「自分が誰かの脇役をしてる時、誰かが自分を主役にしてくれている。それは僕にとって当時の上司や先輩だった。社会ってそうやって回っているんだと。だったら、脇役をとことんやってやろう。そう思えた。」

それから、黒ちゃんは自身を脇役に、お客様を主役にと行動を変えていく。

すると、少しずつ、結果が出始める。

「自分の信念が定まり、心を込めた仕事をしていった結果、大切なお客様も多くでき、多くの実績と表彰を頂くことが出来ました。年収も実績と共に上がっていきました。」


逃げない

苦しく、つらい状況の中でも、黒ちゃんは、環境を変えずに闘う選択をした。

何が黒ちゃんの原動力となっていたのか。

「単純に、ここで逃げるのはダサいなと思ったんです。大学時代からお世話になってる師匠がいて、その人みたいな男になりたいと思ったら、情けない事は出来ない。会社でも、いつも本当の弟の様に接してくれる先輩がいたから、逃げずにやって来れました。」

黒ちゃんが、逃げなかった理由はもう一つある、

「あとは、自分が転職をサポートしている側だからわかるけれど、下向きの転職はうまくいかないことが多いなって思うんです。上向きのステップアップを繰り返していくことが大事だなと人の転職を見て感じたことも理由です。」

自身の弱い心に打ち克つ為、土日に一人、滝行へ


本当にやりたかったこと

黒ちゃんは、9月から転職をする決断をした。次のステージも、もう決めている。

仕事も軌道に乗り出したタイミング。なぜ転職を決意したたのだろうか。

「コロナで一息つける時間が増えて、人生を深掘りして考えてみようかなと、自問自答していました。そしたら、あれ、俺が本当にやりたかったことってなんだっけ?って思ったんです。元々”人前で話す仕事”がしたかったんだよねって。」

自問自答の結果、ある考えに至った。

「この不安定な時代に、自分の力で生きる知恵を自分自身で会得したい。一方で、引き続き、キャリア支援で人を幸せにする事で、黒岡の話を聞けば、この時代を生き抜くヒントが見つかる、そんな存在になりたいないなって。」

その結果が、転職という選択だった。

そして、それは、”人前で話すこと”についての想いを叶えることにもつながる。

「やっぱり話すというのは自分の人生でやっていきたいことだなと思っています。今の会社でもできることではあるけれど、今後、人前で話す仕事をやるのであれば、本業での知識や経験を生かしてやるのがベストだなと。」

黒ちゃんが、現在担当しているのは、消費財の領域。

本業での知識や経験を活かす、そう考えた時、異なる領域に身を置くことに決めた。

それが、成長産業。スタートアップ だ。

「次の会社では、成長しているスタートアップ企業の支援をします。元々、自分自身も、強いものが生き残る、スタートアップや、ベンチャーの世界が好きでした。スタートアップ企業では日々のサバイバルの中で会社に依存せず、自分の力で生きぬく術を持った人が多いと思います。そういった自立した人を増やしていくことをしたいなと。」

黒ちゃんの次の仕事は、スタートアップ企業に、人材の支援をすること。

しかし、単なる人材紹介ではなく、ベンチャーキャピタルから情報を取り、経済環境など様々な面の予測を踏まえた上で支援を行う。また、会社としては、イベントや財務、情報面など、多角的に支援をしている。

まさしく、黒ちゃんの掲げる想いにピッタリの環境だ。

「社会を大きく変革するうねりが生まれるのは、いつもスタートアップからだと思うんです。その中心地から人に時代の流れを伝えられる存在になりたい。」


再び、”人前で話す機会”を求めて

人前で話すことについても、動き始めた。

「9月に、母校の中央大学で、キャリアについての講演を行う予定があります」

大学の時にお世話になったゼミの先生に、機会を作ってもらえるように相談したのだとか。

「仕事で35歳から50歳ぐらいまでの方のキャリア支援を行っていたので、そういう年代の人たちが何を考えているのか、人生の節目でどういうことを考えてきたか、体感してきました。その経験から、キャリアについて、一緒に考えていく場をつくりたいなと思っています。」

その姿は人前で話す仕事を志し、プレゼンの場を求めていた、大学の時と重なる。

しかし、そこで話す黒ちゃんは、以前とは異なる。

困難を乗り越えて、一回りも二回りも成長した、黒ちゃん。そして、人前で話す仕事という夢に向けて、新しい環境に進む決意をした、黒ちゃんだ。

「人前で話すことは、土日、仕事後でも良いから、ライフワークとして続けていきたい」

笑顔で話してくれた。


あとがき

黒ちゃんと、しっかり話すのは、数年ぶり。大学を卒業して以来かもしれない。

受容や安心感を与えてくれる雰囲気は健在で、以前より、厚みを増したような気もします。

「人前で話すこと」「プレゼンすること」
面と向かって、根元の想いや原体験について、話したことはなかったけれど、そこに、こだわりや想いがあるのかもしれない、と当時から感じていました。

そんな黒ちゃんが、想いを持って臨んだ仕事で感じた苦悩や、人生を左右する責任は、相当なものだったのではないか…同じ人材業界に籍を置く身ですが、想像が難しいし、想像するのすら怖い…それほどの厳しい状況のはずです。

一方で、僕が久しぶりに会って感じた、黒ちゃんのまとう”安心感のある雰囲気”は、そうした経験を経たからこそ、より厚みを増し、あたたかくなったのかもしれません。

これから様々な経験をしていく黒ちゃんが、人前でどんな話をしていくのか、「人前」の中の1人として、聞ける日が楽しみです。

(れい)