僕たちの周りには、「教育」に想いを持っている人が結構いる。

先生を目指して教員免許を取得した人も多い。
将来、教育に携わりたいという人も多い。

ただ、意外と、大学卒業後、そのまま教育の道に進む人は多くない。
人材系にいったり、コンサルに行ったり、もちろん、それぞれ想いや理由があってのことなのですが。

「いつかは教育に戻りたい」

多くの人も、そして僕自身も思っているけれど、それは一体いつなのだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、ずっと教育の道を進んでいる人の話を聞きたくなりました。

そして、真っ先に思い浮かんだのが、池ちゃん。
真っ直ぐに、”教育”そして、”先生”のことを見据え続けている池ちゃん。

その池ちゃんの思う、イマココとはー

4月の初め。
新元号が発表されたこの日。待ち合わせに選んだ秋葉原の街は、あいにくの雨。桜も咲き始め、春は来ているはずなのに、どこか肌寒い日が続く東京。その中で、秋葉原の街は、「新入社員」で溢れていました。

「今日は仕事休みなんです」

颯爽と待ち合わせ場所の和食屋に現れた池ちゃんは、一年ぶりに会っても、変わらなく、暖かさと優しさを身に纏っていました。

今は北千住付近に住んでいて、仕事場もその近くだと言います。

実はしっかり話すのは数回目。二人で会うのは初めて。

休みの日に、遅い時間にも関わらず、わざわざ時間を作って頂けたことに感謝をしつつ、内心少し緊張しながらも、話は池ちゃんの今の仕事のことに向かっていきました。

池ちゃんの仕事場は、認定NPO法人カタリバが運営している、アダチベース。子どもたちの「安全基地」と銘打たれているその場所で、池ちゃんは職員として、授業や、施設運営に携わられています。

いわゆる、”子どもの居場所”など、この領域に詳しい方なら、様々なイメージを思い浮かべると思います。

勉強がメインの放課後学習教室や、食事の提供を行う、子ども食堂、居場所として遊んだり話せる機会を作っている場など。

アダチベースでは、それら全てが合わさっており、子どもたちが、安心できる、そして自立できる力を育む空間を作っています。

「昔から先生になりたかった」そう語る池ちゃん。NPOの職員として勤務されている経緯には、ある想いがあります。


昔から先生に恵まれていた

池ちゃんが先生を目指したのは、中学生の頃から。「昔から先生に恵まれていた」そう話す池ちゃん。学校へ行くのが楽しかったと言います。

「1〜3年は優しいおじいちゃんみたいな人で、4〜6年生の時の担任の先生も一緒に遊んでくれるような人。そして中学になっても良い先生に恵まれ続けていました。」

元々、子どもが好きで教えるのが好き。自然と”先生”という選択肢が生まれます。そして、大学も教員免許の取得できるところに進みます。

しかし、大学に入り、そんな池ちゃんの考えに、”揺らぎ”が生まれます。

大学は高校までとは異なり、言ってしまえば自由。授業に行かなくても、テスト勉強をしなくても、誰からも、何も言われない環境です。

「テスト前で勉強するべきにも関わらず、談話スペースでカードゲームをしている人がいて、何でだ?みたいなことを思っていました」

自由で、様々な人がいる大学という場所。そこで、今まであった「枠」が広がった感覚。その中で、理解しきれないことも多かったと言います。池ちゃんも、次第に一限も遅刻が多くなったりし、自分自身で「堕落」していた、と話します。

「大学の時に、通学時中学の友達と会って、もっと真面目な人だと思ったと言われたりもしました(笑)」

授業、アルバイト、部活、と大学生活を送る中で、気が付いたら、大学3年生。進路を考える時期。

「先生になりたい」その想いは持ち続けていたものの、「このまま教壇に立つのは不安」そう感じるようになります。

「高校まで大人たちが決めたレールの上で走らされていると思うんです。教室という箱の中に子どもたちが押し込まれて、同質な感じで管理されている感覚がする・・・自分がそれをするのが嫌と感じてしまいました。」

大学に入り、「枠」が広がったことで、改めて、高校までの場所、そこで自分がする役割に不安を感じたと言います。

考えた末、池ちゃんは、2回目の4年生を送ることに決めました。そして、より教育の現場を見ることを決めます。

Leraning for All、カタリバ、学習支援や居場所支援という、実際の場所を経験する中で、「自分がしたい教育ってなんなんだろう」と考えたと言います。

そして、2回目の大学4年生が終わった後、より専門的に学ぶために、大学院に進みます。

しかし、そこでまた、教育について思い詰める事となるのです。


大学院で抱いた「机上の空論感」

配属は教育系の研究室。大学院の1年目は先行研究を読むことが中心。論文を読んだり、まとめたり、話したりする日々が続きます。

「自分がやっていることを試す場がない」

そこには、池ちゃんの求めている、実践につながる感覚がなく、机上の空論感を感じていたと言います。

悶々とした想いを抱えたまま、研究にも身が入らない。控えていた研究発表も見送り、次第に足が遠のくようになります。

「しばらく休ませてください」

そして、池ちゃんは教授に休ませて欲しい旨を申し出ます。大学院1年目、12月のことでした。

聞かれて初めて気づいた新たな道

研究室を休むことに決めた頃、カタリバの実践型インターン※の話を聞きます。

それが、冒頭のアダチベースです。

その時の池ちゃんのテーマである「居場所と学び」とも一致したと言います。実際に面接を受け、合格をしインターン生としてアダチベースに関わるようになります。

そして、インターンとして関わった後、大学院を辞め、そのまま職員として関わることに決めたのです。

ずっと先生を目指していた池ちゃんにとって、NPOの職員になることは、聞かれて初めて考えた選択でした。

「実はインターンをしながらも、先生を目指して、教採の勉強を続けていたのですが、なぜか身が入らなかったのです。」

自分がやりたい教育像についても引き続き悩んでいたと言います。

教育はやりたい、しかし何をしたいのか分かない。周囲に相談しても「答え」は出て来なかった。その時に、カタリバの職員から「カタリバがあるよ」と話をいただいたと言います。

「ずっと教員、もしくは塾の先生を考えていた。教育NPOの職員という選択肢は、聞かれて初めて考えた選択肢でした。」

聞かれて初めて考えた選択肢。でも結果的に、池ちゃんはその道に進むことに決めたのです。

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意図を持つこと

職員として子どもに接する際、池ちゃんが意識していることがあります。

それは、意図を持つこと。

話は、池ちゃんの教育実習の頃に遡ります。クラスで大縄跳びの練習をしていた時。

大縄をした事がある方はイメージがつくと思いますが、はじめは中々上手くいかないものです。引っかかったり、間が空いたりなど、子どもたちも次第に諦めモードや、焦り、どうすればいいんだろう、という空気が漂います。

そんな時につい、すぐに行って助けたくなった、という池ちゃん。

しかし、担当の先生に、「助けたくなる気持ちは分かるけれど、行かないでください」と言われたそうです。

あえて失敗させて再構築させる事が大事だという。それも、全ての場面においてそう対応するわけではなく、大切なのは意図を持つこと。

意図を持って、失敗の経験を作ったり、叱ったりする。これは、学習支援もまさにそうだと池ちゃんは話します。

アダチベースでは、ICT ツールを使って子どもたちが「自律して学べるようになること」を目指しています。その中でスタッフの役割は、学習に対する考え方や学習方法をサポートすることです。

勉強している姿を後ろから見て、分からなくて、手が止まって突っぷす時に、いつどのように声をかけるのか。正解した時にすかさず褒めてみたり。画面にバツが出て、間違えた時に、失敗した時に、直ぐに駆けつけるのではなく、「何でだろうと」考える時間を待ったりなど。

まさしく、大縄跳びの時のように、どのように振る舞うのか、自分の一つ一つの行動に意図を持つことが大事だと話します。


今なら先生が選択肢の一つに

インターンから、職員になった始めの頃は、教室運営や事務作業など、いわゆる子どもと接する時間が減ることにある種の歯痒さを感じていたと言います。

ただ、自分がしている事務作業なども、子どもたちに繋がっている。喜んでいる姿を感じることができる、と思った時から心境が少し変わったと話します。

「仕組みを作ることを通して、目の前の子どもたちが変わっていくことが楽しい」

教壇に立つことに不安を感じ、悩んでいた大学四年生、大学院生の頃。そして、NPOの職員として子どもたちに向き合っている今。時間を経て、今なら先生が選択肢の一つになっていると言います。


ドロドロしているサナギ。ただ、羽化も近い。

最後に、池ちゃんのイマココの心境を伺った。

イマココの自分の状態を「サナギ一歩手前」と話す池ちゃん。

学校が楽しく、先生に恵まれ、先生を志した小学校、中学校。大学に入り枠が広がり、自分のしたい教育について考えてこと。大学院に入り、実践につながる場を求めてカタリバに関わったこと。そして職員として働いている今。

ドロドロしていたけれど、少しずつ固まってきていると言います。

固まって来ていて、蝶までもう少し。蝶へと羽化するために、必要な事として二つ話してくれました。

一つ目が自分を受け入れること。

元々、できない部分に目がいく性格だという池ちゃん。7割できていても、できていない3割に目がいってしまうと言います。自分自身でも、インターンの人からも完璧主義と言われるそう。最近、その考えを少し変えてみようと思い、実際に変わってきていると言います。

「できていない3割は気になるけれど、できている7割をみてみること。自分いい感じじゃん、と言えることを大事にしてみようと思いました」

もう一つ、感情を味わい切ること。

できていないことに目が行ってしまう性分で、今までは、イライラをして、直ぐに何とかしようと思っていた、と話します。

今はその考えも少し変わり、感情を味わい切ることを大切にしていると言います。

「イライラを何とかしようとするのではなく、まずは受け取れる、出し切る。今までは、イライラしている自分も嫌だったのですけれど、自分を認めても良い時期になっているのかなと思っています。」

自分を認めること、感情を味わい切ること。それを続けた先に、池ちゃんが、蝶に羽化する瞬間は近い。そして、羽化した蝶は、高く遠くまで、羽ばたくでしょう。

*お話を聞いて

学校が好きで、先生が好きで、先生を目指して、でもその過程で様々に笑い、悩み、挑み、そして、イマココとして、NPO職員という形で子どもに向かっている池ちゃん。

実は、僕自身、池ちゃんの務めるアダチベースを、一回見学させてもらったことがあります。

居場所として、学び場として、子どもたちが思い思いに過ごしている様子を見て、素敵な場所だな、とジーンとしたことを覚えています。

インタビュー中、終始感じる、身に纏う、あたたかくて、やさしい雰囲気。そして、真っ直ぐに、子どもに向き合っている姿勢は、僕がかつて感じていて、忘れかけていた「先生」という感覚を抱きました。