「好き」って何だろう?

「好きな食べ物は何?」と聞かれたら、迷わず「ハヤシライス」と答えます。

続けて、「なぜハヤシライスが好きなの?」と聞かれたら、「うーん、トマトを煮込んだ感じとかが美味しいから?」と答えます。

お気付きの方もいるかもしれませんが、この回答は正確には、「理由」になっていません。”どの部分が好きか”を答えたに過ぎず、もし就職や転職の面接だったら、きっと「適切」ではない。すかさず面接官のチェックが入るでしょう。

そもそも、好きな食べ物を答えた時に、その理由まで深掘られることはあまりなくて、例えあったとしても、「なんとなく」とか「好きなもの好きだから」とかで片付けられてしまう話です。
ちなみに、好きな色も同じで、黒色が好きな人がいた場合、その真の理由なんて到底分からない、感性やフィーリングの世界だと思います。

これは、食べ物や色の話だから、「なんとなく」で片付けられるかもしれませんが、もう少し、僕たちの人生に影響する話だと、どうでしょう。


例えば、恋愛や結婚。

恋人がいる方も、結婚されている方も、もしくは過去に恋人がいた方も、「何でその人に恋をしたのか?」と問われれば、何と答えるでしょうか。

「タイプだったから」が一番多いかもしれません。

自分は髪が短くて、優しくて、落ち着いた女性がタイプという人がいたら(※仮の話です)、「今の恋人がそのタイプに当てはまったから」と答えられるかもしれません。

それは「正解」で、間違いではないと思うのですが、”好きなタイプ”という要素で挙げた場合、該当する人は、世界中には複数いて、究極的に何でその人だったのか?を明快に答えるのは難しいかもしれません。(もちろん、世界中の全ての人に出会うのは難しいわけで、会った順で、となるわけですが)

最近、アマゾンプライムで『グータンヌーボ2』を見ます。
20代〜40代の女性が、私生活について話す番組なのですが、そこで、結婚されている女性の方が、何でその人をパートナーに選んだのかという話がありました。そこで、出演者が、「今まで付き合った人とは違う」とか「タイプの人ではなかった」とか「自分でも何でか分からない」と答えて、既婚者全員で共感し合う、みたいな場面がありました。(20代の一人暮らしの男性がなぜ見ているのか、という疑問は置いておき、とても面白いのでオススメです)

結局は、恋愛でも、ある種の「直感」が左右していて、その人を選んだ様々な理由は並べられるものの、「好きなものは好き!」とか「ビビッときた!」とか「フィーリング」に最後は行き着くのかもしれません。

もしかしたら、人生の大部分を共にする”パートナー選び”も「直感」とか「フィーリング」とかの要素が多いのかもしれません(大部分を占める大切な部分だからこそ、かもしれません)
”一目惚れ”ってまさしくその典型だし、恋愛対象として考えられないっていうのも、かなり感覚的な話な気がします。


では、”仕事”はどうでしょう。

仕事になると、僕らは自分でも、そして周囲からも、
「何でその仕事を選んだのか?」を問われる気がします。

そして、問われて、「しっかり答えなきゃ、答えたい」と思う。

僕も人材サービス会社で働いているので、まさしくその”問う側”なのですが、そこには、”自分で自分の仕事を選ぶ理由をしっかり説明できた方が良い”という考えが、うっすらとある気がします。

もちろん、多くの人が企業に勤めるわけで、そこには雇用する人がいる以上、雇用されるために、しっかり理由を並べ、自分がその仕事をする理由を説明する必要もあります。

ただ、ここで述べる「しっかり」というのは、原体験に紐づく、だとか、自分の目標に紐づくだとか、周囲の期待に答えてとか、「立派な」という言葉でも置き換えられるものでもあります。(それ自体は個々人の本心に沿っていれば良い悪いなく素敵なことです)

「接客をやりたい」という人がいて、理由を問われ、「なぜなら、人と話すのが好きだから」と答えた場合、「何で人と話すのが好きなの?」と深掘られるかもしれません。

もちろん、問うことは大事で、深く問うことで、自分の軸的なものは見つかってくることはあるのですが、究極的には、食べ物とか、恋愛と同じで、「直感」とか「フィーリング」も一定数あると思うのです。

バイトでやっていたら楽しかったとか、本やテレビで見たり、人に聞いて、面白そうだと思ったから、とか。特に入り口段階と、継続してやっている内に、自分がどう感じたか、は大事な部分な気がします。

先述の接客の話も、深掘るとそれっぽい、対外的に説明できる「答え」は見つかるかもしれませんが、それが「正解」かなんて、一生分からないものです。

ちなみに、大企業が良いか、ベンチャーが良いか、とかの議論も似たような感じがしていて、究極的には、「どっちが好きか」、でつまりは「どっちが合っているか」な気もします。

「理由は分からないけれど、この仕事好きだ!」の図

僕も、教育とか採用とか人材育成とかが好きで、その仕事をこれからもやっていきたいと考えています。では、「金融や不動産じゃダメなの?」と問われると、「うーん、何か少し違う、上手く説明できないけれど」となる(僕がそれらの職業が経験していないだけかもしれません。そして、あくまで僕の個人の話で、逆に金融や不動産が好きな人もいます。個性です。)

自分が教育とか採用、人材育成分野が好きな理由を、色々対外的に、説明はできるし、原体験と結びつけて話せるけれど、究極的には分からない、感性の世界な気がします。

(もちろん、明確な人生の目標があり、それに紐づけて仕事を選ばれている方もいると思います。その方の場合、なぜその目標なのか、に置き換えて考えると、感覚が分かって頂けるかもしれません)

それは、「恋人や結婚相手に選んだ人が何でこの人で、あの人じゃダメなの?」と聞かれて説明はできるけれど、完璧には答えきれない感覚とか、
「何でその食べ物が好きなの?」と聞かれ、困る感覚にも似ている気がします。


感情や感性は捨てたもんじゃない。

長くなってしまいましたが、人生には理論や理性で説明しようと思えばできるけれど、究極的には、「直感」や「フィーリング」などの「感性」部分に左右されることが一定数きっとあって、それは、仕事に置いても。

その占める割合とかは人によって異なると思うのですが、直感やフィーリングでも良い、と分かれば、仕事選びで悩む人も、もしかしたら、少しだけ楽に生きられるかもしれない。
(だから僕らWOLSAMは「こころのおとを聴く」場を作りたいんだと思う)

なぜなら、多くの仕事を試すことは難しいけれど、様々な人に会ってみたり、様々な食べ物を食べてみて、自分の「好き」を見つける感覚、そして継続する中で、それが「好き」であり続けられるかを考える感覚と同じで、それは僕たちが普段、意識せずにしていることでもあるからです。

(わたなべ れい)