「登る山が決まっているなら、登り方は自由であって良い」

東京の桜も満開も終え、卒業・入学入社シーズンが落ち着き始めた、4月初旬の週末。多くの新社会人が、1週間の勤務を終えて、ホッと疲れた体を休めているであろう時。

渋谷の街に現れた「新社会人」の彼は元気だった。

「暇ゆえにめっちゃ勉強しています」

もちろん、暇というのは物理的なもの。多分今までの人生で、本当に暇だった時など無かったのではないか。そう思う程、遊びも仕事も勉強も、よく動く。

イノベーター支援、Foraやエンカレッジなどのキャリア教育団体、そして政治哲学。様々に考え、動いてきた彼が辿り着いた場所と、これから歩むことを決めた道とはー。


いわゆる19卒。今年大学を卒業して社会人になった尚太。ほとんどの新社会人が4月から仕事が始まる中、尚太が就職する企業では、6月から勤務が始まるという。

イマココの想いを、「スコラ」と言い、「暇ゆえにめっちゃ勉強している」と話した尚太。話は少し意外なことに、彼が没頭しているという、政治哲学のことから始まった-

始まりは「面白いね」から

きっかけは半年程前。尚太が所属している一般社団法人Foraで、TAとして関わっている南多摩高校のプロジェクトにて。

「南多摩高校で、高校生の論文指導をしていて、大学生自身も勉強会をしているのですが、そのメンバーに政治哲学を勉強している子がいたんです。その子と話していて、『面白いね』から入りました」

哲学や古典は、元々好きだったと話す。ただ、本腰を入れて勉強をしだしたのはこのタイミングから。

「昔の人の考えを知っていると、こういうロジックで、この人はこういう風に考えるんだと分かるのが楽しい。知の巨人の肩に乗っている感覚がある」

普遍的なテーマを扱っていることと、ロジカルに論を積み重ねている感が自分の性に合うと話します。

勉強会の様子

特に面白いと感じたことを語ってくれた。それが、プラトンの『国家』とハンナ・アレントだと言う。

「プラトンの国家は、『正義とは何か』をテーマとしているんですけれど、当時のポリスは正義に準じて行動するのが正とされてきたんです。だからこそ、正義とは何かを考える必要があって、ただ、タイトルは国家なんです。これは個人個人の正義を考えるのは難しい、だからこそ、大きい国レベルで見た方が正義を考えやすいのではないか。その上で、どういう国を作ればいいんだろうと対話形式で進んでいきます」

もう一人、ハンナ・アレントはナチス時代の政治思想家。アレントを話す上で出てくるのが、プラトンのイデア論。

「この世界は完璧な正三角形なことはありえなくて、でも一方で完璧そうに見えるのは、イデア世界にある完璧な正三角形を投影しているからとプラトンは考えているんです。」

いわゆる洞窟の比喩である。

洞窟の比喩 イメージ

*囚人が洞窟の壁の方しか見れない程度に身動きが取れないでいる。囚人の後ろには焚き火があり、焚き火の影絵に映される事象を囚人は見ている。これは真実(イデア)を見ているわけではなく、その似姿を見ているに過ぎない。このイデアを直視しようとするのが哲学者で、彼らの役割は囚人を洞窟から出すことである。
(引用:https://www.kyamaneko.com/entry/platon-theory-of-ideas)

プラトンの話を受けた上で、アレントは次のように考えると言う。

「一方で、”この完全な真理がある”イデア論をアレントは危険視しているんです。というのも、この考えが、いわゆる、ヒトラーというものを生んだのではないか、と。全体主義という無思考の官僚制みたいな、『言われたからやりました』という凡庸な悪が生まれた背景には、完全なものがあるというのに囚われた結果。だから、対話ってすごく大事と主張しているんです。」

そして、こう続けます。

「ある人の考えが繋がっていったり、引用する人もいれば、これは危険な思想だと言う人もいる、それが面白い」

一般的に、哲学や古典を読むと「勉強」という感じがしますが、尚太にとっては、完全に趣味という感覚。僕らがゲームをしたり、漫画を読む感覚に近いのかもしれない。

「読まずにはいられない。楽しみで仕方がない」

そう笑います。

一方で、そういった哲学を通じて、人に示唆を与えることはできるとも話す。尚太がそれを感じるのは所属していたキャリア教育団体のエンカレッジで、学生面談をする時。

「後輩と面談する時に、あなたが、こういう感情を抱くのは普通で、昔の人も同じことを言っているから多分真理なんだろう、とか伝えたりできます。どの立場をとりたいかはその人次第だけれど、その材料を与えることはできる」

勉強会の本やレジュメ
自分が勝てるポジションを探す

尚太はいわゆる19卒。話はやはり、気になる進路のことに移っていった。様々に活動的に動いていた尚太は、どのような経緯で、どの道を歩むことに決めたのか。

「自分のビジョンに近いことをやっていくか人に頼りにされる、必要とされることをやっていくか、で悩んでいました。」

様々な企業見て、話を聞き、悩んだ末、後者を選び、より多くの人に頼りにされる人材になることを選んだという。具体的には、ITコンサルタントである。

より多くの人に必要されること、頼りにされるために、まず求められているスキルを得ること。それが今でいうとIT。ただ、エンジニアになりたいわけではない、という。

「小さい頃って機会の差が大きいと思うんです。それは、まさに今プログラミングに変わっている。素養がないと、ITに詳しい彼らの話にはいれない、何を話しているのか分からない、みたいなのがあると思います。」

帰国子女ゆえに英語を話せる尚太。その尚太から見て、ITは、いわば、同じ「外国語」みたいなもの。知らないと話自体に入れない。壁を感じてしまう。帰国子女という生い立ちの尚太だからこそわかる、特に強く感じる感覚に違いない。

ここまで聞いてふと疑問が浮かぶ。一方で、なぜ自分のビジョンに近い環境に直接飛び込まなかったのでしょうか。

「僕、三男の末っ子なんですけれど兄貴二人と戦って過ごしていたんです。焼肉も取り合ったりしていて、、一度も勝てた経験がなかったんです。だからこそ、じゃあどうやったら勝てるのか、自分の勝てるポジションを考える癖がついていました。そうした時に教育一本でこのフィールドで必要とされるのか。この社会には、もっとすごい人がいる。どうやら、この業界一本でで戦っていくのがしんどいぞと」

Foraやエンカレッジなど、キャリア教育に深く関わっていたからこそ、多くの人と話して活動をしてきたからこそ、感じたこと。


だからこそ、勝てる筋を探す。このまま、しんどいままでは終わらない。

「登りたい山が見つかっているのなら登り方は自由でいいと思うんです。僕ら後60年も働くわけだし、ファーストキャリアをそこにする必要性はなくて、沢山沢山、色んな所で右往左往していって、というのもいいと思うんです。」

全ての人が物語の主人公になれること。それが尚太の目指すビジョン。

そこに向けて、様々な方法で山を登り始めたところだ。

リクルートスーツの就活生に「面談しませんか」と直接声を掛けていた

もう一つ、尚太が進路を決める上で考えていたことがあるという。
それが、ビジョンを掲げた時に、実際に泥臭く動けるか。

「理念を掲げた時に、その抽象的なことはやりたい人って多い気がしていて、ただ、具体に落とした時に泥臭く、やりたがらないことってあると思うんです。」

例えば、尚太が活動していた、エンカレッジでは、KPIがある。エンカレッジは全国の大学に支部があるが、尚太の所属する上智大学では立ち上げたばかり。知名度が高いとは言えなかった。

そんな中で時には、リクルートスーツを着ている就活生に「面談しませんか」と直接声を掛けに行くこともある。


直接声を掛けに行くのが早い、と話す。
自分自身、最初は気乗りではなかったが、文句を言うなら結果を出してから。まずは達成すること、そのために泥臭く動くこと、それを意識しているという。

そして、これらは、これから臨む仕事でも言えること。逆に、自分の成長へのチャンスに繋がる。

「彼だったら何かやってくれる、そう思ってもらえて、実力以上期待してもらえることで、打席に立てる数が増える。結果人より早く多く失敗も含めた経験ができる」

みんながやりたがらないことをやるのはチャンス、それ自体が参入障壁になる、と話す。

ありたい姿に向かって走り続ける 

Fora、エンカレッジ、様々なことに取り組んできた尚太が今新たに始めているのが、「GRIT」という活動だ。

尚太が参加したリクルートのインターンから派生した組織で、アンジェラ・ダックワークス著の『GRIT やりきる力』をモチーフにしているという。

「その名の通り、DOとBEの振り返りをめっちゃ行います。社会人になってからこそ必要だと考えていて、今まで実績作りやフィジビリも兼ねて複数回イベントを開催をして下地を積んだので、これから本格始動になります」

”ありたい姿に向かって走り続ける”というのがテーマ。

「その中で、気持ちよくなる内省ではなく、”ありのままの自分”でもなく、掲げている自分になれること。それを、一人だと怠けてしまいがちなので、頑張っている他社の友達と一緒に行う、そんなことを画策しています」

*話を聞いて

しおりんを始めた時に、「この人に話を聞きに行こう!」と真っ先に思い浮かんだ1人が尚太でした。

尚太と初めて会ったのは、尚太が大学2年になる直前、僕は大学4年になる直前だった頃、とある企業の会議室。

”高校生に人生を考える場を届ける”というコンセプトでプロジェクトが動き出そうとしていた、まさにその会議の場でした。

これが、後のForaです。

それから、一年間一緒に仕事して、僕が卒業した後も彼は組織を引っ張り、またエンカレの上智支部の立ち上げなどもしたり、色々経験を重ねていました。

その過程で何を考えてきて、今何を考えていて、これから何をしようとしているのか、純粋にこのタイミングで知りたかったのです。



インタビューを終えた後、尚太からメッセージをもらいました。
改めて話してみて、自分の根底にあるのは、「人との繋がり」からくる喜びなんじゃないか、そう感じてくれたと言います。

Foraのアカデミックの内容も、バスケのサークルも、英語も、これからの仕事でもあるITも、人を分かりたい、繋がりたい、そんな根底がある。だから努力する。それを聞いて、今まで接してきた、尚太という人物と、今回聞いた話とがスッと腑に落ちました。

「社会人になって辛そうだったら話聞いてください」と笑うが、多分その迫り来る障壁すら、ある種楽しみながら、自分なりの方法で山を登っていくんだろう。

一般社団法人Fora

「教育を人生に統合する」をミッションに、学び手の「主体性」を引き出す場づくりを行なっている一般社団法人。高校生に進路を考える機会を作る「キャリアゼミ」や、学校・自治体・企業との探求授業の共同プロジェクトなどを実施。

エンカレッジ

全国47都道府県、72大学を拠点にで活動するキャリア支援NPO法人。2015年卒向けに京都大学からサービスを開始し、現在では全国約3万人の学生が利用(2020卒)。「本質的な就活を通じて、キャリアを作る人」を応援するため、学生が運営の中心メンバーとなり、1対1で行うキャリア面談やイベントをはじめとするキャリア支援を各大学支部で開催。
(https://en-courage.net/about)

「今なら『先生』が選択肢の一つに」

僕たちの周りには、「教育」に想いを持っている人が結構いる。


先生を目指して教員免許を取得した人も多い。
将来、教育に携わりたいという人も多い。


ただ、意外と、大学卒業後、そのまま教育の道に進む人は多くない。人材系にいったり、コンサルに行ったり、もちろん、それぞれ想いや理由があってのことなのですが。

「いつかは教育に戻りたい」

多くの人も、そして僕自身も思っているけれど、それは一体いつなのだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、ずっと教育の道を進んでいる人の話を聞きたくなりました。

そして、真っ先に思い浮かんだのが、池ちゃん。
真っ直ぐに、”教育”そして、”先生”のことを見据え続けている池ちゃん。

その池ちゃんの思う、イマココとはー。

4月の初め。
新元号が発表されたこの日。待ち合わせに選んだ秋葉原の街は、あいにくの雨。桜も咲き始め、春は来ているはずなのに、どこか肌寒い日が続く東京。その中で、秋葉原の街は、「新入社員」で溢れていました。

「今日は仕事休みなんです」

颯爽と待ち合わせ場所の和食屋に現れた池ちゃんは、一年ぶりに会っても、変わらなく、暖かさと優しさを身に纏っていました。

今は北千住付近に住んでいて、仕事場もその近くだと言います。

実はしっかり話すのは数回目。二人で会うのは初めて。

休みの日に、遅い時間にも関わらず、わざわざ時間を作って頂けたことに感謝をしつつ、内心少し緊張しながらも、話は池ちゃんの今の仕事のことに向かっていきました。

池ちゃんの仕事場は、認定NPO法人カタリバが運営している、アダチベース。子どもたちの「安全基地」と銘打たれているその場所で、池ちゃんは職員として、授業や、施設運営に携わられています。

いわゆる、”子どもの居場所”など、この領域に詳しい方なら、様々なイメージを思い浮かべると思います。

勉強がメインの放課後学習教室や、食事の提供を行う、子ども食堂、居場所として遊んだり話せる機会を作っている場など。

アダチベースでは、それら全てが合わさっており、子どもたちが、安心できる、そして自立できる力を育む空間を作っています。

「昔から先生になりたかった」そう語る池ちゃん。NPOの職員として勤務されている経緯には、ある想いがあります。

昔から先生に恵まれていた

池ちゃんが先生を目指したのは、中学生の頃から。「昔から先生に恵まれていた」そう話す池ちゃん。学校へ行くのが楽しかったと言います。

「1〜3年は優しいおじいちゃんみたいな人で、4〜6年生の時の担任の先生も一緒に遊んでくれるような人。そして中学になっても良い先生に恵まれ続けていました。」

元々、子どもが好きで教えるのが好き。自然と”先生”という選択肢が生まれます。そして、大学も教員免許の取得できるところに進みます。

しかし、大学に入り、そんな池ちゃんの考えに、”揺らぎ”が生まれます。

大学は高校までとは異なり、言ってしまえば自由。授業に行かなくても、テスト勉強をしなくても、誰からも、何も言われない環境です。

「テスト前で勉強するべきにも関わらず、談話スペースでカードゲームをしている人がいて、何でだ?みたいなことを思っていました」

自由で、様々な人がいる大学という場所。そこで、今まであった「枠」が広がった感覚。その中で、理解しきれないことも多かったと言います。池ちゃんも、次第に一限も遅刻が多くなったりし、自分自身で「堕落」していた、と話します。

「大学の時に、通学時中学の友達と会って、もっと真面目な人だと思ったと言われたりもしました(笑)」

授業、アルバイト、部活、と大学生活を送る中で、気が付いたら、大学3年生。進路を考える時期。

「先生になりたい」その想いは持ち続けていたものの、「このまま教壇に立つのは不安」そう感じるようになります。

「高校まで大人たちが決めたレールの上で走らされていると思うんです。教室という箱の中に子どもたちが押し込まれて、同質な感じで管理されている感覚がする・・・自分がそれをするのが嫌と感じてしまいました。」

大学に入り、「枠」が広がったことで、改めて、高校までの場所、そこで自分がする役割に不安を感じたと言います。

考えた末、池ちゃんは、2回目の4年生を送ることに決めました。そして、より教育の現場を見ることを決めます。

カタリバ、Leraning for All、学習支援や居場所支援という、実際の場所を経験する中で、「自分がしたい教育ってなんなんだろう」と考えたと言います。

そして、2回目の大学4年生が終わった後、より専門的に学ぶために、大学院に進みます。

しかし、そこでまた、教育について思い詰める事となるのです。

大学院で抱いた「机上の空論感」

配属は教育系の研究室。大学院の1年目は先行研究を読むことが中心。論文を読んだり、まとめたり、話したりする日々が続きます。

「自分がやっていることを試す場がない」

そこには、池ちゃんの求めている、実践につながる感覚がなく、机上の空論感を感じていたと言います。

悶々とした想いを抱えたまま、研究にも身が入らない。控えていた研究発表も見送り、次第に足が遠のくようになります。

「しばらく休ませてください」

そして、池ちゃんは教授に休ませて欲しい旨を申し出ます。大学院1年目、12月のことでした。

聞かれて初めて気づいた新たな道

研究室を休むことに決めた頃、カタリバの実践型インターン※の話を聞きます。

それが、冒頭のアダチベースです。

その時の池ちゃんのテーマである「居場所と学び」とも一致したと言います。実際に面接を受け、合格をしインターン生としてアダチベースに関わるようになります。

そして、インターンとして関わった後、大学院を辞め、そのまま職員として関わることに決めたのです。

ずっと先生を目指していた池ちゃんにとって、NPOの職員になることは、聞かれて初めて考えた選択でした。

「実はインターンをしながらも、先生を目指して、教採の勉強を続けていたのですが、なぜか身が入らなかったのです。」

自分がやりたい教育像についても引き続き悩んでいたと言います。

教育はやりたい、しかし何をしたいのか分かない。周囲に相談しても「答え」は出て来なかった。その時に、カタリバの職員から「カタリバがあるよ」と話をいただいたと言います。

「ずっと教員、もしくは塾の先生を考えていた。教育NPOの職員という選択肢は、聞かれて初めて考えた選択肢でした。」

聞かれて初めて考えた選択肢。でも結果的に、池ちゃんはその道に進むことに決めたのです。

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意図を持つこと

職員として子どもに接する際、池ちゃんが意識していることがあります。

それは、意図を持つこと。

話は、池ちゃんの教育実習の頃に遡ります。クラスで大縄跳びの練習をしていた時。

大縄をした事がある方はイメージがつくと思いますが、はじめは中々上手くいかないものです。引っかかったり、間が空いたりなど、子どもたちも次第に諦めモードや、焦り、どうすればいいんだろう、という空気が漂います。

そんな時につい、すぐに行って助けたくなった、という池ちゃん。

しかし、担当の先生に、「助けたくなる気持ちは分かるけれど、行かないでください」と言われたそうです。

あえて失敗させて再構築させる事が大事だという。それも、全ての場面においてそう対応するわけではなく、大切なのは意図を持つこと。

意図を持って、失敗の経験を作ったり、叱ったりする。これは、学習支援もまさにそうだと池ちゃんは話します。

アダチベースでは、ICT ツールを使って子どもたちが「自律して学べるようになること」を目指しています。その中でスタッフの役割は、学習に対する考え方や学習方法をサポートすることです。

勉強している姿を後ろから見て、分からなくて、手が止まって突っぷす時に、いつどのように声をかけるのか。正解した時にすかさず褒めてみたり。画面にバツが出て、間違えた時に、失敗した時に、直ぐに駆けつけるのではなく、「何でだろうと」考える時間を待ったりなど。

まさしく、大縄跳びの時のように、どのように振る舞うのか、自分の一つ一つの行動に意図を持つことが大事だと話します。

今なら先生が選択肢の一つに

インターンから、職員になった始めの頃は、教室運営や事務作業など、いわゆる子どもと接する時間が減ることにある種の歯痒さを感じていたと言います。

ただ、自分がしている事務作業なども、子どもたちに繋がっている。喜んでいる姿を感じることができる、と思った時から心境が少し変わったと話します。

「仕組みを作ることを通して、目の前の子どもたちが変わっていくことが楽しい」

教壇に立つことに不安を感じ、悩んでいた大学四年生、大学院生の頃。そして、NPOの職員として子どもたちに向き合っている今。時間を経て、今なら先生が選択肢の一つになっていると言います。


ドロドロしているサナギ。ただ、羽化も近い。

最後に、池ちゃんのイマココの心境を伺った。

イマココの自分の状態を「サナギ一歩手前」と話す池ちゃん。

学校が楽しく、先生に恵まれ、先生を志した小学校、中学校。大学に入り枠が広がり、自分のしたい教育について考えてこと。大学院に入り、実践につながる場を求めてカタリバに関わったこと。そして職員として働いている今。

ドロドロしていたけれど、少しずつ固まってきていると言います。

固まって来ていて、蝶までもう少し。蝶へと羽化するために、必要な事として二つ話してくれました。

一つ目が自分を受け入れること。

元々、できない部分に目がいく性格だという池ちゃん。7割できていても、できていない3割に目がいってしまうと言います。自分自身でも、インターンの人からも完璧主義と言われるそう。最近、その考えを少し変えてみようと思い、実際に変わってきていると言います。

「できていない3割は気になるけれど、できている7割をみてみること。自分いい感じじゃん、と言えることを大事にしてみようと思いました」

もう一つ、感情を味わい切ること。

できていないことに目が行ってしまう性分で、今までは、イライラをして、直ぐに何とかしようと思っていた、と話します。

今はその考えも少し変わり、感情を味わい切ることを大切にしていると言います。

「イライラを何とかしようとするのではなく、まずは受け取れる、出し切る。今までは、イライラしている自分も嫌だったのですけれど、自分を認めても良い時期になっているのかなと思っています。」

自分を認めること、感情を味わい切ること。それを続けた先に、池ちゃんが、蝶に羽化する瞬間は近い。そして、羽化した蝶は、高く遠くまで、羽ばたくでしょう。

*お話を聞いて

学校が好きで、先生が好きで、先生を目指して、でもその過程で様々に笑い、悩み、挑み、そして、イマココとして、NPO職員という形で子どもに向かっている池ちゃん。

実は、僕自身、池ちゃんの務めるアダチベースを、一回見学させてもらったことがあります。

居場所として、学び場として、子どもたちが思い思いに過ごしている様子を見て、素敵な場所だな、とジーンとしたことを覚えています。

インタビュー中、終始感じる、身に纏う、あたたかくて、やさしい雰囲気。そして、真っ直ぐに、子どもに向き合っている姿勢は、僕がかつて感じていて、忘れかけていた「先生」という感覚を抱きました。